03. エルの絵本【魔女とラフレンツェ】


『如何にして楽園の扉は開かれたのか…』

『鬱蒼(うっそう)と茂る暗緑の樹々 不気味な鳥の鳴き声
ある人里離れた森に その赤ん坊は捨てられていた』

『幸か…不幸か…人目を憚(はばか)るように捨てられていたその子を拾ったのは
王国を追われた隻眼の魔女 《深紅の魔女と謳われた》(クリムゾンのオルドローズ)』

『銀色の髪に 緋色の瞳 雪のように白い肌
拾われた赤ん坊は いつしか背筋が凍る程美しい娘へと育った… 』

『流転こそ万物の基本 流れる以上時もまた然(しか)り
二つの楽園を巡る物語は 人知れず幕を開ける… 』

「くやしい…」「出してくれ…」「助けてくれ…」

「ラフレンツェや…忘れてはいけないよ…」

銀色の髪を風になびかせて 祈るラフレンツェ 死者の為に…
小さな唇が奏でる鎮魂歌(レクイエム) 歌えラフレンツェ 永遠(とわ)に響け…

時を喰らう大蛇(セルペンス) 灼けた鎖の追走曲(カノン)
狂い咲いた曼珠沙華(リコリス) 還れない楽園(エリュシオン)
蝋燭(ろうそく)が消えれば 渡れない川がある
始まりも忘れて 終わらない虚空(そら)を抱く……


─オノレラフレンツェ…悲痛な叫びの不響和音(ハーモニー)
─ニクキラフレンツェ…呪怨の焔は燃ゆる

『儚い幻想と知りながら 生者は彼岸に楽園を求め
死者もまた 還れざる彼岸に楽園を求める
彼らを別つ流れ 深く冷たい冥府の川
乙女の流す涙は 永遠に尽きることなく
唯…嘆きの川の水嵩(みずかさ)を増すばかり…』

『─少女を悪夢から呼び醒ます 美しき竪琴(たてごと)の調べ
哀しい瞳をした弾き手 麗しきその青年の名は……』

「ラフレンツェや…忘れてはいけないよ…
お前は冥府に巣喰う、亡者どもの手から、
この世界を守る為の、最後の黄泉の番人、
純潔の結界を、破らせてはいけないよ…」

祖母が居なくなって 唇を閉ざした
吹き抜ける風 寂しさ孤独と知った
彼が訪れて 唇を開いた
嬉しくなって 誓いも忘れていった…

─それは
手と手が触れ合った 瞬間の魔法
高鳴る鼓動 小さな銀鈴(ベル)を鳴らす
瞳(め)と瞳(め)見つめ合った 瞬間の魔法
禁断の焔 少女は恋を知った…


一つ奪えば十が欲しくなり 十を奪えば百が欲しくなる
その焔は彼の全てを 灼(や)き尽くすまで消えはしない…


「ラフレンツェや…忘れてはいけないよ…」

愛欲に咽(むせ)ぶラフレンツェ 純潔の花を散らして
愛憎も知らぬラフレンツェ 漆黒の焔を抱いて
彼は手探りで闇に繋がれた 獣の檻を外して
少女の胎内(なか)に繋がれた 冥府の底へ堕りてゆく……

『─近づいてくる足音
やがて彼(オルフェウス)が乙女(エウリュディケ)の手を引いて 暗闇の階段を駆け上がって来る
けれど少女は裏切りの代償として 残酷な呪いを歌った
嗚呼…もう直ぐ彼は…彼は振り返ってしまうだろう─』

『魔女がラフレンツェを生んだのか…ラフレンツェが魔女を生んだのか…
物語はページの外側に…』

『斯(か)くして…楽園の扉は開かれた』








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